回天特別攻撃隊の記念館(山口県)を訪れて。真実の日本とは?

2008年03月09日

Image296.jpg天を回らし、戦局を逆転させる」という願いを込めて、回天が誕生。

そして、終戦間近、多くの若者が、自らの命を捨て、相手に向かい、旅立ちました。

この事実に、私の知らない日本の真実があるのでは?

との思いから、昨日、山口県周南市の大津島にある回天記念館を訪れました。

かかった時間は、新幹線で東京から約4時間半、そこから船で約40分。

ようやくたどり着くことができました。

 

さて、特攻隊といえば、飛行機を思い浮かべる人も多いと思います。

しかし、特攻隊は空の部隊だけではなく、実は、海の部隊もあったのです。

それが「回天特別攻撃隊」です。

回天空の部隊は注目されることはありますが、海の部隊は非常に地味で目立たず、あまり語られることはありません。

実際、秘密裏に訓練され、ほとんど口外されることもなかったですから、それもそのはずです。

潜水艦型の魚雷に人間が乗り、そのまま相手の艦隊に突っ込み、撃破していく必殺必中の攻撃隊です。

別名、人間魚雷とも呼ばれていたそうです。

そして、この回天の誕生の成り立ちなどを調べていくと、実際に語られることのない日本の真実を垣間見ることができます。

 

以前、特攻隊についてこちらの記事などで、

「なぜ、特攻隊の人たちは、自らの命を捨ててまで戦うことを望んだのか?」

について語りました。

 

よく歴史の教科書やドキュメンタリー番組などでは、単純に

「戦争はいけない」

「洗脳され、旅立っていった若者たちは哀れ」

「日本人は馬鹿だった」

「日本はひどいことをした」

「原爆を落としたのはやむをえないこと。日本が悪いのだ。」

そういったことが語られます。

それを散々、幼い頃から聞かされた私たちは、「日本」に対して、自責の念にかられて育ちました。

日本人として生まれたことが恥ずかしい・・・。

そう思う人だっているぐらいです。

 

しかし、本当に、命を張って散って行った人たちは哀れな人たちなのでしょうか?

真実の歴史をたどると決してそうではないようなのです。

実際に、知覧や大津島で、生き残り語り継がれた人たちの話を耳にし、それがわかってきたのです。

 

たとえば、もし、自分が同じ立場だったら、命を張って、国のために戦うことができたでしょうか?

いいえ、私なら、ただ単純に「国」だけのために、命を張って戦うことなどできません。

そう考えると、単純に彼らは、「国」のためだけに立ち向かったのではないのではないだろうか?といった仮説が立ちます。

 

では、彼らはなんのために、命を張ってまで戦わなければならなかったのでしょうか?

 

たとえば、もしも、こんな状況だとしたらどうでしょうか?

想像してみてください。

あなたが大好きな恋人と一緒に町を歩いているとします。

そしたら、急に、包丁を持った男が、走ってこちらに向かってくるとします。

もしかすると、あなたの大好きな恋人が、刺されてしまうかもしれません。

そんな時、あなたならどうしますか?

大好きな恋人を守るのではありませんか?

「いやぁ、戦いはダメだよ」

とか相手に言って、素直に聞くと思いますか?

恋人だけじゃなく、その場に自分の子供もいたらどうしますか?

両親がいたらどうしますか?

体を張って守るんじゃないですか?

何もしなかったら刺されてしまうんですよ。

 

本当は、特攻隊の人たちは、戦いたくて戦ったんじゃないはずです。

「愛する人を守るため」

に仕方なく、戦わざるを得なかったのだと思います。

 

本当は戦いたくなんてなかった。

早く、一日も早く、この無残な戦いは終わらなければいけないと思っていた。

でも、当時、簡単に負けを認めてしまうと、色々不都合が発生してしまうのです。

不利な条件を飲まざるを得なくなってしまう状況だったのです。

交渉ごとって簡単なことじゃないです。

性善説で「あなたにお任せしますよ」では、どんどん不利な条件を飲まされてしまうんです。

本気で戦う姿勢を見せなければ、相手はまともに話し合いなんてしてくれないんです。

日本にいると中々わかりませんが、本当に世界には見苦しいほどの差別ってのが本当に存在するんです。

 

そして、戦争とは、ただ単に包丁を向けるといった直接攻撃だけのことを指しません。

「食べ物や石油などの資源さえも、あげない」といった、飢えの恐怖を作り出してしまう。

「みんなで無視してしまえ」といった、いじめのような状況までも作り出してしまうのです。

実質、日本は、飢え死にするか、降伏して奴隷になるかの選択を迫られたといっても過言ではなかったと思います。

目の前で食べ物を取り上げられた。

しかし、自分の周りにいる愛する家族は守らなければいけない。

確かに日本は世界的にみて小国。

だからといって、素直に「あなたの言うことを聞きます」と言ってしまえば、残念ながら、相手にさえされません。

半永久的に奴隷として自由のない、主張も許されない国家となってしまうでしょう。

実質、欧米諸国に植民地にされた国々は、そうなってしまっていました。

 

もしも、愛する人が、奴隷として扱われてしまうとしたら?

好き放題むちゃくちゃにされてしまうとしたら?

それでも、「戦いはダメだよ、どうぞお好きなようにしちゃってください。」なんてこと言えますか?

絶対に言えない。愛する人がむちゃくちゃにされるなんて、誰もが嫌なはずです。

もちろん、想像には過ぎませんが、当時は、そうなる可能性が否めない状況だったのです。

 

だからこそ、本気で戦う姿勢を見せなければならなかった。

結果として、対等とはいかないまでも、まともに話を聞いてくれる状況にはなったのです。

なんといっても、日本は「死を持ってしてでも戦う」といった決死、いや、「必死」の姿勢を見せたのですから。

 

おかげで、奴隷となることは避けることができ、戦後、急速に経済復興することができました。

(本当に「奴隷」となることが避けることができたのかどうかについては、今の日本の経済、財政状況から判断すると、残念ながら決してそうは言えない状況ですが・・・)

こうなれたのは、あの時、命を張って戦ってくれた人たちがいたからこそです。

もし、あの時、命を張って戦ってくれる人たちがいなければ、今の私たちは絶対にありえないのです。

平和な日本、飢えに苦しむことのない日本は存在しなかったでしょう。

 

今、自分が生かされていること、日本人であることにもっと誇りを持つべきだと私は思います。

旅立たれた特攻隊の人たちが、今の日本を見たらどう思うでしょうか?

誇りを持てる日本になっているでしょうか?

戦争はもちろんいけないことです。

しかし、そうせざるをえなかった人たちもいるのだということ、その人たちのおかげで今の自分がいるのだという意識をもっともつべきだと思います。

 

そして、今、私たちが得ている情報は、真実なのだろうか?

もしかすると、都合よく誰かにすりかえられてないだろうか?

何者かに都合よく誘導されてないだろうか?

そういったことを真剣に考えるべき時期なのでは?と私は思います。

 

 

 

回天にて旅立たれた人たちの記念碑

回天記念館

回天記念館

回天記念館入り口

回天の別名「人間魚雷」と呼ばれる潜水艦のレプリカもありました。

人間魚雷

記念館の中には、旅立たれた人たちの遺書の現物、鉢巻などがありました。

そこから歩くこと5分ほど。

回天の魚雷を運ぶためのトンネルがありました。

回天 トンネル

中の暗い道を通っていくと、海が開け、

大津島

その先端には、回天基地の跡がありました。

回天基地

中には、魚雷を降ろし、発射された場所が残っていました。

回天 発射

 

もう一度最後に言います。

今、自分が生かされていること、日本人であることにもっと誇りを持つべきだと私は思います。

旅立たれた特攻隊の人たちが、今の日本を見たらどう思うでしょうか?

誇りを持てる日本になっているでしょうか?

 

回天にて旅立たれた方々のおかげで、今の私たちがあります。

本当に本当にありがとうございます。

  
Posted by sakunohiroki at 20:30Comments(0)TrackBack(0)